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熊本地方裁判所八代支部 昭和33年(ワ)25号 判決

原告 斎藤至朗

被告 寺田信之

主文

被告は、原告に対し、金一一万八、三六〇円を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告、その二を被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金一五万七、〇〇〇円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、昭和二七年二月頃、原告は被告と米穀類小売販売業を共同で経営することゝし、次のような内容の契約を結んだ。

(一)  原告はその所有する八代郡鏡町鏡村三二番地所在の木造瓦葺二階建一棟のうち道路に面した階下土間約一二坪を店舗として提供し、開店に要する付属の設備費を負担すること。

(二)  配給の業務、帳簿の整理及び収支の計算等に要する労力の一切は被告がその家族とともに提供すること。

(三)  販売業の認可申請の名義は被告の妻寺田みつえ名義をもつてすること。

(四)  原告は認可申請に要する資金を出資すること。

(五)  損益金の配分は毎月末決算し、諸経費を控除した純益の三分の一を原告において取得し、三分の二を被告において取得すること。

(六)  登録に要する加入人員は両者間において確保すること。

(七)  運営に関しては両者間で協議して行うこと。

二、そこで、原告及びその妻斎藤ツキそれに被告及びその妻寺田みつえは同道し、或は単独で需給者を歴訪し旬日を費して八三〇有余名の登録の承諾をうけたので、被告は妻みつえ名義をもつて米穀類小売販売業の認可を申請し、昭和二七年三月五日付熊本県第一一七五号をもつて認可され、直ちに熊本県食糧公団に米穀類小売販売業甲登録をおえた。

三、右認可により八代食糧事業協同組合から米穀取引に関する保証金の納付方の通知をうけ、原告は被告と協議の上、第一項の約旨に従い五万円の保証金を出資し、被告はこれを右協同組合に納入、納入と同時に右協同組合は米三〇俵の前渡をしたので、原被告は直ちに営業を開始した。

四、爾来被告は、毎月末日に決算を了し、昭和三〇年三月分まで約定による三分の一の利益として、毎月原告に最低五、〇〇三円(昭和二九年五月分)ないし最高一万一、一五〇円(昭和二八年七月分)の利益を配分し、原告はこれを受領して来た。

五、然るに被告は、昭和三〇年四月分以降の利益の配分を怠り、昭和三二年八月一〇日までに僅かに五万三、〇〇〇円を配分したに止まるのみならず、その営業名義が妻みつえの名義になつているのを奇貨とし、昭和三二年一二月六日に店舗を原告方から他の場所に移し、原告との共同事業契約を理由なく破棄してしまつた。

六、昭和三〇年四月以降の利益金も第四項記載の最低額を下らなかつたものと推認されるので、右最低額を基準とし一月五、〇〇〇円の割合により、昭和三〇年四月分より共同事業を破棄した前月即ち昭和三二年一一月分までの利益配分をうくべき合計金一六万円より既に配分をうけた五万三、〇〇〇円を控除した残金一〇万七、〇〇〇円と、原告の出資した保証金五万円は、共同事業の解消により原告に返還すべきものであるから、右五万円との合計金一五万七、〇〇〇円の支払を求める。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁及び抗弁として、

原告主張事実中、被告が被告の妻寺田みつえ名義で、昭和二七年三月五日付熊本県第一一七五号をもつて米穀類小売販売業の認可をうけ、原告所有の八代郡鏡町鏡村三二番地所在木造瓦葺二階建一棟のうち土間約二坪(原告は一二坪と主張するが事実は約二坪)において、米穀類小売販売業を開始したこと、その際原告より五万円の融資をうけたこと、被告が原告に対し五万三、〇〇〇円を支払つたこと、及び昭和三二年一二月六日に店舗を原告方から他に移転したことは認める。その他の事実は否認する。

右営業は共同事業ではなく被告の単独経営である。たゞ(1) 原告は被告の右営業に必要な資金は全部融資する。(2) 店舗は原告所有の店舗を無償で貸与する。その代価として、(1) 精米は全部原告の精米所で搗くこと。(2) その結果出る米糠は全部原告の収入とする。(3) 諸経費を控除した純益の三分の一を原告に提供するとの約束であつた。そこで被告は原告より五万円の融資をうけたのであるが、米穀類小売販売業が五万円の資金で運営の出来るものでないことは明らかであるに拘らず、原告はその後被告の融資の求めに応ぜず、開店後僅か三、四ケ月にして被告自ら契約を破棄し権利を抛棄したので、被告は原告よりうけた融資金の返済として五万三、〇〇〇円を支払つた。尚これよりさき被告は、原告より融資をうけた五万円から控除することを条件にその依頼をうけて、昭和二七年一一月同人の訴外岩永あきのに対する債務二万円及びその利息四、四〇〇円を原告に代つて支払つたから、融資残額は二万五、六〇〇円に過ぎない。仮りに原告主張のように共同事業であつたとしても、被告は昭和二七年以降昭和三二年一二月までの間に(1) 人件費八二万八、〇〇〇円、(2) 米袋、仕切書、インキ等消耗品代七、五〇〇円、(3) 自動車代三万二、五〇〇円、(4) 自動車修理代七、五〇〇円、(5) 米の目減九万円、(6) 事業税三万〇、〇二〇円、(7) 月報手続費六、九〇〇円、(8) 岩永あきの外一名に対する利息一五万三、八七八円、(9) 吉田税理士に対する支払その他の雑費一万五、五〇〇円、(10)運送賃六、九〇〇円、(11)接待費六、九〇〇円、(12)登録費四、九〇〇円以上合計一一九万〇、四九八円を支出しているから、右金額を総収入から控除すべきである。

原告訴訟代理人は右抗弁に対し、精米は全部原告の精米所で精米すること、その結果出る米糠は全部原告の収入とする、諸経費を控除した純益の三分の一を原告に提供する約束であつたことは認めるが、精米賃の代りに米糠をもらつたものである。その他の主張事実は否認する。

と陳述した。

立証として、原告訴訟代理人は、甲第一ないし第二六号証(内第二一ないし第二三号証は各一、二)を提出し、証人古賀喜太郎、吉田健一、吉田近善、上西敦子(一回)村田千代吉、木村成光、斎藤貞子、野村利徳、斎藤ツヤ並びに奥野義則の尋問を求め、原告本人尋問の結果、及び鑑定人伊集進の鑑定の結果を援用し、

被告訴訟代理人は、乙第一ないし第一五号証(内第七号証は一ないし六)を提出し、証人寺田みつえ、岡田整市、二田四朗並びに上西敦子(一、二回)の尋問を求め、被告本人尋問の結果を援用し、甲号証の成立は全部認める。

原告訴訟代理人は、乙第七号証の一ないし六、第一二、第一三号証の成立を認める、その他の甲号証の成立は不知。

と陳述した。

理由

被告の妻寺田みつえ名義の米穀類小売販売業が、昭和二七年三月五日付熊本県第一一七五号をもつて認可されたことは双方の間に争いがない。

そこで、認可された営業が原被告の共同事業であつたかどうか、共同事業であつたとしたらその内容いかんの点について考えてみる。

証人吉田近善、村田千代吉、木村成光、斉藤貞子、斉藤ツキの各証言、上西敦子の第二回証言の一部(後記不措信部分を除く)、原告本人の供述及び被告本人の供述の一部(後記不措信部分を除く)によると、昭和二七年三月頃、八代郡鏡町鏡村三二番地にある原告の店舗が陶器店をやめた後あいていたので、そこを店舗にして米の販売をやつてはどうかという話が原告から持ち出されて被告もこれを快諾し、原告は店舗を提供する外、必要な営業資金を全部出資し、被告はその頃家で遊んでいたその娘上西敦子を使つて配給の業務、帳簿の整理、収支の計算に当らせる等労務を提供すること、販売する米は原告経営の精米所で精米するが、出る米糠は原告の所得として搗賃に充てる、営業名義は被告の妻みつえの名義として認可をうけるが、収益は、諸経費を控除した純益の三分の一を原告に配分し、残りの三分の二を被告の所得とすることに話合が一致し、原被告は直ちにその家族と共に消費者の家庭を歴訪して六五〇余名の登録の承諾をうることに成功して、営業の認可申請に及んだ。その結果昭和二七年三月五日付で寺田みつえ名義の米穀類小売販売業の認可をうけ、米穀類小売販売業者で組織する八代食糧事業協同組合に加入することゝなつて、その保証金にあてる為めに五万円を原告が出資し、爾来昭和三〇年一一月まで順調に事業を継続し、収益も当初の約束通り配分されていた事実を認めることが出来る。

右認定とていしよくする証人寺田みつえ、上西敦子(一回)の証言、証人上西敦子の第二回証言の一部、及び被告本人の供述の一部は信用しないし、その他にも反証はない。

以上の認定事実によつて明らかなように、本件営業は名義こそ被告の妻の名義であるが、被告が労務を出資し、原告が店舗の使用権の外現金を出資することによつて始められた両名の共同事業であつて、従つて純益の三分の一に当る利益の配分をうけるためには、原告は店舗の使用権の外必要な営業資金全部を提供すべき立場にあつた。

然るに、証人吉田近善、吉田みつえ、上西敦子(一、二回)の各証言、被告本人の供述によると、原告は事業を始める当初五万円を出資した外は、被告の要求にも拘らず現金出資した事実がない。右認定に反する証拠は採用しない。

現金以外に現物又は労務を出資する場合のそれ等をいくらに評価するかは、損益分担、残余財産の分配等に関連して組合契約における最も重要な事柄であるが、本件組合契約にあつては、その点についてのとりきめがなされた形跡がない。

このような場合の出資の評価をどうするかは可成問題のあるところであろうけれども、本件の場合利益の配分率が特約されているから、その定められた利益配分の割合から推算する以外に適切な方法はないことになろう。

成立に争いのない甲第二〇号証、第七号証の二、証人吉田近善、上西敦子の証言(一回)によると、原告が出資した五万円とは別に、被告自身も一〇万円を八代食糧事業協同組合出資金等にあてるため現金出資していることが明白であつて、右認定と異る被告本人の供述は信用に価しないし、その外にも反対の資料もないので、原被告の出資した金額の合計一五万円が本件共同事業に必要な資金であつたとみるのが至当である。

すると現金出資一五万円プラス店舗の使用権に対する利益配分率を純利益の三分の一としていたものと認められるが、店舗の使用権をいくらに評価していたかこの点も不明である。第三者の立場からみな証言としてその外の供述より客観性を有する証人木村成光、斉藤貞子の証言によると、店舗として使用していたのは原告の店舗のうち三坪位であつたようであるから、三坪に対する賃料一五万円に対する利息その他本件共同事業の規模等を彼是合せ考えると、最初に予定された原告の現金出資と店舗の使用権とは同等の価値あるものとして評価されていたものとみるのが妥当であろう。然るに実際に原告が出資したのは初めの五万円に過ぎなかつたから、現金出資に対する利益の配分率は全体の一八分の一となり、店舗の使用権に対する六分の一の配分率と合せて、原告は純利益の九分の二の配分をうけることが出来るわけである。

成立に争いのない甲第二四号証、証人野村利徳、奥野義則の証言、鑑定人伊集進の鑑定の結果によると、昭和三〇年四月から昭和三二年一一月までの間の被告の米穀の売上による利益は合計して六五万七、九四四円に達しているので、この金額から共同事業に必要な経費を約旨に従い控除した金額の九分の二が、原告が受け取るべき利益金となるが、成立に争いのない乙第七号証の一により認められる吉田近善税理士に対する三、〇〇〇円の支払、成立に争いのない乙第一二号証により認められる昭和三〇年ないし昭和三三年の事業税一万五、六二〇円、成立に争いのない乙第一三号証、第三者の作成に係り当裁判所が真正に成立したものと認める乙第一四号証によつて認定される昭和三〇年四月より昭和三二年一一月までの主要食糧小売販売業購入割当手数料三、二〇〇円は、共同事業の必要経費として控除の対象となりえても、被告主張の人件費は労務そのものが被告の出資の対象であるから必要経費に計上出来ないし、その外の必要経費と主張するものについてもこれを認める的確な資料がないから、前認定の利益金額から右経費を差引いた六三万六、一二四円につき、原告の前認定配分率を乗じて算出すると、原告の受け取るべき利益金額は一四万一、三六〇円(以下切捨)となる。

昭和三二年八月一〇日までに被告から五万三、〇〇〇円の支払を受けたことは原告も認めているが、その金の性質につき被告は貸金の返済であると主張するけれども、これが貸金でなかつたことは前に説明した通りであつて、被告の主張は採用出来ないので原告の自陳に従い前記配分金の一部弁済と認めるのが相当である。すると、原告の被告から受領すべき利益金は八万八、三六〇円である。

民法の規定によると、組合員は原則として組合から任意脱退出来るので、昭和三二年一二月六日に被告が共同事業を事実上廃して事務所を他に移転した(このことは双方争いがない)ことによつて、被告は組合から脱退したものと認められるが、原被告両名を組合員とするに過ぎない本件組合においては、被告の脱退は当然組合の解散を伴い、然も弁論の全趣旨によると、米穀類の小売販売業は被告が依然として継続しているから、民法第六八一条の規定を類推し、被告は原告の出資金を払戻す必要がある。

成立に争いのない甲第一号証、証人吉田近善、吉田みつえ、上西敦子(二回)の証言によると、被告は昭和二八年一月頃原告の依頼をうけて、同人の訴外岩永あきのに対する二万円の債務を原告に代つて弁済した事実を認めることが出来、これと異る原告本人の供述等は信用出来ないので、原告の返還をうくべき出資金は三万円を残すに過ぎない。

よつて被告は原告に対し、昭和三〇年四月より昭和三二年一一月までの間の利益配分金八万八、三六〇円と、出資金三万円を返還すべきであるから、右認定の限度において原告の請求を認容してその余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条を適用し仮執行宣言は相当でないからその申立を却下することゝして、主文のように判決する。

(裁判官 田畑常彦)

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